COLUMN

占いの歴史から見る、人々が未来に尋ねてきたこと

占いの文化・歴史
巻物、古い粘土板、天文器具のイメージ

昔の人は、占いに何を尋ねたのでしょうか。残された資料を読むと、戦を始めるか、天候はどうなるか、病の原因は何か、いつ行動するかなど、問いは一様ではありません。ここでは占術の発祥や伝播をたどるのではなく、誰が、どのような選択を前に、何を問うたかを比べます。記録に残った問いと、当時の人々全員の考えを同じものとして扱わないことも大切です。

王の決定を神に問う

大英博物館の粘土板K.195は、前7世紀の王位継承に関わる神託の照会を伝えています。同館の所蔵品解説によると、後継者の選定は重大な政治判断で、太陽神シャマシュに好ましい兆しを尋ねました。大英博物館「K.195」。これを現代の言葉に移せば「この選択を進めてよいか」という問いですが、王権と神意の関係を、個人の気休めに置き換えることはできません。

殷の甲骨文にも、王や占いを行う者の問いが刻まれています。コロンビア大学が掲載する戦争に関する甲骨文の翻訳には、敵を攻めた場合に助けが得られるか、兵を集めるかという記録があります。中央研究院の展示解説は、甲骨が天候だけでなく農耕、狩猟、祭祀、戦争も記録したと説明します。資料が王と支配層に偏るため、「殷の人々は皆、国家のことを占った」とは言えません。

身体、家族、行方を問う

近世イングランドの占星術師サイモン・フォーマンとリチャード・ネイピアらの相談記録を整理したケンブリッジ大学によるCasebooksの紹介には、病気、出産、夫婦関係など、暮らしに深く関わる相談が登場します。大学の研究チームは手書きの記録を整理し、相談者の健康上の心配や家族との関係を読み解いてきました。ここに残る事例は、特定の占星術師を訪れた人々の記録であり、当時の全住民における相談の割合を示すものではありません。

病気を問うことを、現代の医療相談と同じ行為として勧めることはできません。記録から読めるのは、相談者が症状の意味や原因を知りたいと考え、その時代の知識と制度の中で占星術師を訪れたという点です。さらに、本人ではなく家族などが代わりに尋ねた例もあります。私的な悩みと、公的な判断は時代を通じて完全に入れ替わったのではなく、異なる場所に併存していました。

「いつ」を問う暦

日本の地方暦について、国立国会図書館の「日本全国の地方暦」は、方位の吉凶や各日の日付、干支、十二直、日ごとの吉凶が記されていたと紹介します。暦は日数を数えるだけでなく、「どの日に何をするか」を考える材料でもありました。近世の暦占を研究した馬場真理子は、暦の知識が貴族社会の外に広がり、複雑な理論から切り離された実践的な知識として扱われたことを論じています。馬場「近世的暦占の形成」

ただし、暦に記されていることと、すべての家庭がその通りに行動したことは別です。日取りの慣習と現代の選び方は、なぜ吉日を選ぶのかで詳しく扱います。節入りの計算や四柱推命の暦法そのものは、節入りと立春の解説を参照してください。

異なる文化を、同じ心理に還元しない

占いが個人の心の問題だけに閉じない例として、ユネスコが紹介するヨルバのイファがあります。イファは重要な個人または共同体の決定の際に用いられ、記号と口承の詩句を専門家が解釈する体系です。UNESCO「Ifa divination system」。これはアフリカ全体の代表例という意味ではありません。伝承、信仰、専門家の役割を含む実践を、単に「不安を減らす方法」と説明してしまうと、重要な部分を失います。

史料から言えること、言えないこと

資料の場面 確認できる問い 読み取りの限界
西アジアの王宮 王位継承の判断と神意 王宮外の人々の利用頻度は分からない
殷の甲骨 戦争、天候、農耕など 王権側に残った選択的な記録
近世イングランドの相談記録 病気、出産、夫婦関係 相談者の言葉は記録者を介して伝わる
日本の地方暦 日付、方位、日ごとの吉凶 記載内容から実際の行動割合は算出できない

地域や時代を越えて似た問いを見つけることはできます。しかし、その答えを求める理由、占いの社会的な権威、相談できる人の範囲は同じではありません。史料は「人間は昔から必ず不安で占った」という普遍的な心理法則を証明しません。今の自分の利用目的を考える入口としては、人はなぜ占いに頼るのかで九つの問いを整理しています。

参考資料