身強みきょう
意味と読み方
身強は、命式の中心となる日干を支える力が比較的強いと読む状態です。体力や気の強さ、人格の強さを医学的・心理学的に測った結果ではありません。同じ五行の仲間や日干を生む要素、季節の支えなどを合わせ、命式の中で日干がどれほど力を持つかを表します。
身強と判断すると、さらに支えを増やすより力を外へ出す、あるいは制する働きをどう用いるかが論点になることがあります。ただし強ければ悪いという意味ではなく、格局や季節、ほかの要素とのつながりで判断は変わります。干の数を単純に数えるだけでは決まらず、身弱との境目も方法によって幅があります。
同じ甲日でも寅月で木の支えが多い命式と、申月で金に制される命式では、強さの判断は同じになりません。
詳しく知る:成立条件・原典・解釈
意味
身強(しんきょう)とは、命式全体のなかで日干(本人を表す天干)の勢いが強い状態を指す言葉です。日干と同じ五行や、日干を生じる五行が命式の中で多く、月支や日支など影響の強い位置を占めているときに身強と判断されます。
原典での記述
身旺喜洩喜剋,身衰喜幫喜生
子平真詮・滴天髓のいずれも、身が旺じている(身強)場合は、その勢いを洩らす食傷や、抑える官殺を喜ぶという考え方を示します。強すぎる勢いをどう調整するかが、身強の命式を読む際の基本方針とされます。任鉄樵の注釈は、身強の程度にも段階があり、極端に強い(旺極)場合はかえって洩らす・剋すことを避け、勢いに従う(従強格)方が安定するという例外条件を細かく論じています。
命式での見方
身強と判断される例として、日干が甲(木)で、月支・日支の両方に寅・卯といった木の地支があり、さらに天干にも比肩・劫財が複数透っている場合は身強と判断されやすくなります。一方、日干が甲でも、地支に木の通根がほとんどなく、天干にも比劫が少ない場合は身強とは判断されず、身弱側で読むことになります。強弱の判定は月支の扶抑力を中心に、複数の要素を総合して行われます。
成り立ちと歴史
身強・身弱という二分法は、扶抑(強すぎず弱すぎない状態を目指す)という用神選定の一方式と結び付いて、清代の命書で体系的に語られるようになったとされます。
よくある誤解
身強=良い命式、身弱=悪い命式という単純化は誤解とされます。強すぎる勢いを制御できているか、弱すぎる勢いを支える構成があるかという、全体のバランスが重視されます。
本サイトでの扱い
本サイトは通根・透干・月令からの扶抑力を総合して強弱を判定し、格局・用神の判断の前提情報として用います。
関連する用語とのつながり
身強は扶抑という用神選定の考え方と表裏一体であり、極端な身強は従強格・専旺格という別の外格へつながることがあります。身弱と対で理解することで、命式全体のバランスがつかみやすくなります。
流派による違いと、本サイトでの扱い
三命通会では「身旺」と書かれています。「身強」は同じ意味で使われる呼び方です。
「身強」の語は三命通会には見当たりませんが、滴天髄の本文(「順局」の「從兒不管身強弱」)と、清代の任鉄樵の注(「身強殺淺」など)に使われています。清代の同じ文献の中で「身旺」と「身強」が併用されており、どちらも古典に用例のある表記です。
出典・参考文献
- 子平真詮(清・沈孝瞻) 論十干得時不旺失時不弱
- 滴天髓闡微(清・任鉄樵 注) 扶抑
- 淵海子平 論大運(本文行346–373)
- 滴天髓 歲運論 歲運論(本文行111–141)
- 三命通会「論倒食」 身旺為貴、身弱乃常
- 滴天髓(原著者未詳、清・任鉄樵 闡微)卷十六「順局」本文 從兒不管身強弱,只要吾兒又得兒
- 滴天髓闡微「任氏曰」注(複数箇所) 身強殺淺,則以財星滋殺;身強殺淺,財星滋殺